長崎地方裁判所 昭和48年(行ウ)9号 判決 1975年2月21日
原告 有限会社華厳
被告 長崎県税事務所長
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告が昭和四八年五月三〇日原告に対してなした、昭和四六年一一月一日から昭和四七年一〇月三一日までの料理飲食等消費税額金二七一万三、三三六円の更正および過少申告加算金額一三万一、三〇〇円の賦課決定の各処分は、これを取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨。
第二請求原因
一 原告は、その解散前においては、長崎市平間町九二二番地で旅館業およびそれに付帯する業務を営んでいた有限会社であるところ、その経営の概略は次のとおりであつた。すなわち、旅館は一棟二軒建の建物六棟を使用し、その一棟の建物は二階建で、一階が自動車ガレージ、二階が客室(いわゆる二DK、浴室、便所付き)になつている。従つて、客室数は一二である。利用者は県内外の旅行者、商業外務員、夫婦など種々であるが、そのほとんどが男女の同伴者で、寝具を使用して就寝している。なお、飲食については、利用者は室内に備え付けの冷蔵庫から自由に飲食物を取り出して飲食しているが、特に利用者からの希望があれば、外部の飲食店に注文して取り寄せ、利用者の飲食に供している。
二 ところで、原告は、その解散に至るまで、被告に対し、料理飲食等消費税を申告納入してきたが、同税の賦課徴収を定めた地方税法第一一四条の五第一項によると、右税の賦課にあたつては、旅館における一人一泊一、八〇〇円以下である宿泊およびこれに伴う飲食ならびに旅館における一人一回九〇〇円以下である飲食およびその他の利用行為につき課税が免除されているところ、右にいう「宿泊」とは、寝具を使用して旅館を利用することを指称するものと解すべきである(旅館業法第二条第六項参照。)。
三 原告は、右のような見解のもとに、原告の経営する旅館においては、そのほとんどが宿泊およびこれに伴う飲食に含まれ、飲食およびその他の利用行為はほとんどないとして、昭和四六年一一月一日から昭和四七年一〇月三一日(毎月末日までに先月分の申告納入をする。)までの料理飲食等消費税を次のとおり申告納入した。
(1) 宿泊およびこれに伴う飲食
課税標準額 金一四九万二、〇一〇円
税額 金 一四万九、二〇一円
(2) 飲食およびその他の利用行為
課税標準額 金 八万一、九五〇円
税額 金 八、一九五円
(3) (1)および(2)の合計
課税標準額 金一五七万三、九六〇円
税額 金 一五万七、三九六円
四 ところが、被告は、昭和四八年五月三〇日、原告に対し、右期間の右税について、次のとおり更正した。
(1) 更正税額
(一) 宿泊およびこれに伴う飲食
課税標準額 金 八〇万一、一五〇円
税額 金 八万〇、一一五円
(二) 飲食およびその他の利用行為
課税標準額 金二、七一三万三、三六〇円
税額 金 二七一万三、三三六円
(三) (一)および(二)の合計
課税標準額 金二、七九三万四、五一〇円
税額 金 二七九万三、四五一円
(2) 納入すべき税額
右更正税額合計金二七九万三、四五一円から原告が既に納入した税額(申告税額)合計金一五万七、三九六円を控除した差額金二六三万六、〇五五円。
さらに、被告は、右更正と同時に、同更正に伴う過小申告加算金として金一三万一、三〇〇円を賦課する旨の決定をなし、原告に対して、右更正税額と加算金の合計金二七六万七、三五五円を同年八月一五日の納期限までに納入すべきことを告知してきた。そこで、原告は、同年七月七日、右更正税額金二六三万六、〇五五円、過少申告加算金一三万一、三〇〇円、延滞金一八万二、六〇〇円、以上合計金二九四万九、九五五円を被告に納入した。
五 ところで、被告が右更正をしたゆえんは、帰するところ、次のような理由に基づくものと思われる。すなわち、「宿泊およびこれに伴う飲食」と「飲食およびその他の利用行為」との区別の基準としての「宿泊」とは、原則として、夕方から翌朝までの就寝を伴う旅館の利用行為をいうものであつて、例外的に、夕方から夜半までまたは夜半から早朝までの旅館の利用行為であつても、通常経営者が宿泊として取り扱うべきものは宿泊行為に含まれるが、その他の利用行為はすべて「飲食およびその他の利用行為」にあたるものと解すべきである、というにある。
しかしながら、両者の区別の基準は地方税法上も一義的に明らかではなく、また、右基準を被告のように解さなければならない根拠も格別見出せない。さらに、被告のいう基準自体も、「夕方」「夜半」「通常経営者が宿泊として取り扱うもの」など曖昧である。結局、このような曖昧な基準にもとづいてなされた被告の前記更正は、ひつきよう、恣意的な処分たることを免れず、違法である。
六 そこで、原告は、昭和四八年七月七日、長崎県知事に対し、右更正および加算金賦課決定の各処分につき行政不服審査法にもとづく審査請求をしたが、同年九月五日同県知事より同請求を棄却された。
しかし、原告は、右更正および加算金賦課決定の各処分には不服であるから、同各処分の取消を求める。
第三請求原因に対する認否
一 請求原因第一項の事実のうち、原告がその主張の場所で旅館業を営んでいること、原告の営む旅館の構造は、原告主張のとおりであり、その利用客のほとんどが男女の同伴者で、寝具を使用していることは認めるが、その余の主張事実は不知。
二 同第二項の事実は全て認める。但し、地方税法第一一四条の五第一項にいわゆる「宿泊」の意義に関する原告の主張については、争う。
三 同第三項の事実は全て認める。但し、地方税法第一一四条の五第一項に定める免税点に関する原告の見解については争う。
四 同第四項の事実は全て認める。
五 同第五項の主張は全て争う。但し、被告が更正をした理由は後記主張のとおりであつて、概ね原告指摘のとおりである。
六 同第六項の事実は認める。
第四被告の主張
一 地方税法上旅館における「宿泊」とは、元来社会通念上の宿泊をいい、従つて、最も普通の形態としては夕方から翌朝まで就寝を伴う旅館の利用行為をいうが、夕方から夜半までとか、夜半から早朝までの旅館の利用行為であつても、通常経営者が宿泊として取扱うべきものは、右「宿泊」とみて差支えないと考える。けだし、同法第一一四条の五第一項には、「旅館における一人一泊の料金一、八〇〇円以下である宿泊」と規定されているところ、ここに宿泊というのは、一泊、二泊と数えることのできる宿泊であることがその文理上明らかであるから、結局、同条項は、前記のような社会通念上の宿泊行為に対して免税点を金一、八〇〇円とする旨を規定したものと解せられるからである。
二 原告は、旅館業法第二条第六項によれば、寝具を利用して旅館等の施設を利用する行為の全てが「宿泊」にあたると解されることを根拠として、原告の営む旅館における昼間の利用行為についても料理飲食等消費税の免税点を金一、八〇〇円とすべきであると主張するが、右規定は、旅館業法の目的に従つて宿泊の概念を定めたものであつて、地方税法上も同様に解すべきものとは言えない。
三 料理飲食等消費税というのは、たとえば料理店において飲食が行われた場合や、旅館において宿泊がなされた場合のように、一定の飲食または宿泊する場所における一定の行為をとらえ、その行為をなすに当つて支出する消費行為に担税力の存在を推定し、そのような行為をなす場合に課する一種の消費税である。すなわち、特に料金を支払つて通常の家庭における飲食や就寝より豪華な飲食や宿泊をするのは、そもそもその者に特に支払能力があるからであると推定し、従つて担税力もまた存在するものとみなして、その飲食や宿泊のためにする料金の支払いに対して課税するのである。
しかしながら、個々の飲食や宿泊について、それが通常の家庭における飲食や宿泊より豪華であるかどうか、言いかえれば、その料金の支払いが果して担税力を伴うものであるかどうかを具体的に判断することは不可能である。そこで、先ず、一定の場所における一定の有償行為は一律に課税の対象となるものとし、次に、これら課税の対象となる行為の中でも通常の家庭における飲食や就寝と変らないと認められる程度のもの、すなわち、料理飲食等消費税の性格からみて税を負担させることが適当でないと判断される行為については、料金の額を基礎とした一定の基準を設け、一律に税を免除するものとしているのであつて、この基準が免税点にほかならない。
四 料理飲食等消費税の免税点は、地方税法上、宿泊およびこれに伴う飲食については金一、八〇〇円、飲食およびその他の利用行為については金九〇〇円と定められ、両者の間に差異が設けられている。前者の免税点が後者のそれより高い理由は、旅館等において宿泊する場合には、夕方から翌朝まで就寝し、かつ、夕食と朝食を伴うのが通常であつて、飲食およびその他の利用行為の場合に比し、家庭における日常生活と変らない要素をより多く含むものと認められるので、税を負担させない範囲を広くしたものと考えられる。
右のとおりであるとすれば、いわゆる連れ込み旅館等における、昼間の利用行為についてまで、通常の宿泊の場合の免税点を適用する必要はなく、飲食およびその他の利用行為とみれば足りる。
五 右のような見解に立つて、被告は、原告の作成した売上伝票に基づき、原告が宿泊として取り扱つたものは宿泊とし、休憩として取り扱つたものは「その他の利用行為」とみて、本件更正をしたものであり、従つて、本件更正および過少申告加算金賦課決定の各処分は適法であるから、原告の請求は失当である。
第五証拠<省略>
理由
一 原告の請求原因事実中、原告が解散前その主張の場所においてその主張のとおりの経営内容の旅館業を営んでいたこと、その利用客のほとんどが男女の同伴者であつて、寝具を使用して就寝していたこと 原告がその主張の期間の料理飲食等消費税としてその主張の金額を申告、納入したところ、被告より、原告主張の日にその主張のとおりの更正および過少申告加算金賦課決定の各処分がなされたこと、これに対し、原告は、右各処分を不服として、長崎県知事に対し、その主張のとおりの審査請求をなしたが、右請求は棄却されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、被告の右更正および過少申告加算金賦課決定の各処分の当否について検討する。
1 まず料理飲食等消費税における免税点を定めた地方税法第一一四条の五第一項にいわゆる「宿泊」の意味内容について考える。
(一) 料理飲食等消費税は、料理店、貸席、カフエー、バー、飲食店、喫茶店、旅館その他これらに類する場所における休憩その他これに類する利用行為に対し、その利用料金を課税標準として、行為地所在の都道府県において、その行為者に対して課する消費税にほかならない。従つて、その最終の税負担者は消費者であるところ、消費者は元来その消費対象を選択することが可能なのであるから、いわば奢侈的ないし嗜好的な消費については重課すべきであるが、そうでないものについては租税負担の免脱ないし軽減をはかるのが相当ということができ、これが地方税法第一一四条の四および五によつていわゆる免税点が設けられているゆえんである。このような見地に立脚して考察するに、旅館における宿泊およびこれに伴う飲食に対して課する料理飲食等消費税の課税標準の算定については、一人一泊につき金一、〇〇〇円を宿泊およびこれに伴う飲食の料金から控除されるうえ(地方税法第一一四条の三第一項)、その免税点は一泊につき金一、八〇〇円(同法第一一四条の五第一項、ただし、改正前)と比較的高額に定められているところよりすれば、同金額まで租税負担が免除されるのは、社会通念上宿泊とみなされる場合にかぎられるべきことは、みやすい道理であつて、旅館等のその他の利用行為については、よしや右金額の範囲内であつても、地方税法第一一四条の四第一項に定める免税点を超える限度においては、いわば奢侈的ないし嗜好的な消費として担税力を具備することが推定され、課税の対象となることを免れ得ないものと解するのが相当である。そして、かような解釈は、ことさら「一人一泊」なる用語を用いて規定する同法第一一四条の三第一項および同条の五第一項の文理上からも容易に導き出されるところである。
(二) そうだとすれば、社会通念上宿泊とは夕方から翌朝までの就寝を伴うのが常態であるから、同法第一一四条の五第一項にいわゆる宿泊も、元来かような形態における旅館等の利用行為を予想したものというべきであるが、旅館等における宿泊の場合、その利用の態様において深夜の到着や早朝の出発なども決して希有といえないことに思いを致せば、夕方から夜半までとか、夜半から早朝までの利用行為であつても、旅館経営上通常、宿泊として取り扱われているものは、右条項に定める宿泊にあたるものと解するのが相当である。しかし、旅館等における右説示した形態以外の利用行為については、右にいう宿泊として把握することができず、免税点を金九〇〇円(ただし改正前)と定めた同法第一一四条の四第一項にいわゆる「飲食その他の利用行為」としてみるべきものである。
この点に関し、原告は、右のような「夕方」、「夜半」、「通常宿泊として取り扱われるもの」などの概念は、曖昧で恣意的に解されるおそれがあると主張するが、成立に争いのない乙第一号証の二および原告代表者尋問の結果によれば、男女同伴者の利用を常態とする、いわゆる連れ込み旅館と目される原告の場合にあつても、チエツクインタイムを午後五時、チエツクアウトタイムを午前一〇時と定め、かつ、午後一〇時以降の利用については一律に宿泊料金を徴していることが認められるのであつて、叙上説示したところは、旅館等の経営実態に即したものということはできても、曖昧とか恣意的とかいうことはできず、もとより旅館等経営上不測の不利益を与えることはないものと解されるから、右主張は採用しない。
(三) もつとも、旅館業法に規定する宿泊は、同法第二条第六項によれば、叙上説示したところと異なり、寝具を使用して旅館等の施設を利用する行為の全てを指称するものとされているけれども、同法は、旅館等経営に対して公衆衛生の見地から必要な取締りを行うとともに、あわせて旅館等経営によつて善良の風俗が害されないように必要な規制を加えて、公共の福祉を維持することをもつて目的とするものであるから、地方税(料理飲食等消費税)の適切公平な賦課徴収を目的とする地方税法上の規定のそれと解釈を異にする場合があるのもむしろ当然というべきであつて、あながち異とするに足らない。従つて、この点に関する原告の主張(見解)には賛成できない。
2 右のような見解に立つて本件更正および過少申告加算金決定の当否を検討する。
成立に争いのない甲第一号証、乙第一ないし第一三号証の各一、二、同第二六号証の一ないし二〇八、証人木下浩之の証言を総合すると、
被告は、原告の昭和四六年一一月分から昭和四七年一〇月分の売上伝票を逐一検討し、原告が「休憩」として取り扱つているものは「飲食およびその他の利用行為」として、原告が「宿泊」として取り扱つているものは「宿泊およびこれに伴う飲食」として、各区分し、そのそれぞれについて課税標準額、税額の累計額を算出して本件更正を行つた。その結果は、「宿泊およびこれに伴う飲食」の課税標準額が金八〇万一、一五〇円、税額金八万〇、一一五円であり、「飲食およびその他の利用行為」の課税標準額が金二、七一三万三、三六〇円、税額金二七一万三、三三六円であつた。そして、右更正に伴つて賦課されるべき過少申告加算金を合計金一三万一、三〇〇円と決定した(右各課税額等の金額自体については、当事者間に争いがない。)
右の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
右事実によれば、被告の更正および過少申告加算金賦課決定は、前記の「宿泊」の定義にもとづいて課税標準額を算出してなされたものであるから、いずれも正当というべきであつて、これらの処分内容には特段瑕疵を認めることができない。
三 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は理由がなく失当であるから、これを棄却することとし、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 篠原曜彦 最上侃二 古川博)